ストリートを取り戻せ - 社会実験プロセスを簡素化
これまで見て来たように、移動手段が多様化し人々の判断材料が複雑化する中、ストリートをクルマから人々にどのように解放するかを判断するに際して、統計的に現状データを分析することはより難しく、保守的に成らざるを得ない。もちろん、社会実験を行うことが最も的確ではあるが、通常社会実験を行うには手続きが煩雑であり、また必要以上にコストが掛かってしまい中々実施されずに来たというのも事実であろう。しかし同時に社会実験を行わない限り、成熟都市においては正確な判断はできない。ニューヨークではいち早くその事に気づき、マイケル・ブルンバーグ市長の下、交通局長のジャネット・サディック・カーンが主導となって、どのようにすれば社会実験が実施し易くなるかを検討し、結果次々と社会実験が行われ、ストリートは解放されていった。
彼女は社会実験を行うに際して、出来るだけその手続きを簡素化し、低コストのスキームを考え、実験が必要な箇所では次々を実験を行い、良いデータが出れば実行、悪いデータが出れば元に戻す、というくらい気軽に実験ができる環境を作ることを重視した。 そこで彼女が考えたのは「ペイント」であった。それぞの車道や交差点において、クルマの交通、自転車レーン、人々の溜まり空間の配置をデザインし、それぞれ別々の色でペイントするだけ、という非常に低コストで時間もかからない仕組みである。
*(上:ビフォア、下:アフター)単純に道路の用途変換をペイントのみで実験し、機能しなければペイントを落とせばいいだけにする。(写真提供:NYCDOT Broadway: Greenlight for Midtown, 2009 | Flickr )
このようにして、彼女たちはマンハッタン中で社会実験を行い、結果特に問題になるような渋滞が生じなかっただけでなく、交通事故は減少し、周辺の商業の売上は上がり、自転車利用が増加、更には排気ガスの減少により環境が改善されることが証明されたのである。それを受けて現在は、道路上に60以上の公園(広場)が形成され、全長でおよそ400マイル(640キロメートル)もの自転車専用レーンのネットワークが実現したのである。 その中でも最も度肝を抜いたのが、「タイムズスクエアプラザ」の実現である。マンハッタンの中で一番忙しい道路の一つであるブロードウェイを42丁目から47丁目まで封鎖し、そこを10,000平方メートにも及ぶ広場にしてしまったのである。ここも同様、2009年にまずは社会実験として期間限定で閉鎖し、その結果、特に目立った渋滞が周辺で起きなかっただけでなく、歩行者の交通事故が40%減少、車の事故は15%減少、犯罪率も20%減少し、空気汚染は60%も改善が見られた。これらの実測データを下にニューヨーク市はこの施作を永続的に行うことを決断、2018年現在、常設としてこの広場は綺麗にデザインし直され、整備されたのである。このことによって、毎日約33万人が訪れるタイムズスクエア の安全が確保されただけでなく、コミュニティーの中心として年間およそ350ものイベントが開催されるようになった。様々なパフォーマンスの為に、各所に電源までもが用意されていることも興味深い。
ストックホルム - 社会実験後、人々の賛否までもが逆転
ストックホルムは複数の島々でできている街であるため、橋が多く、物理的に限られた道路しか造れないため、渋滞は常に都市活動における問題であった。そこで、2006年、実験的に7ヶ月間、各道路の市内に入る箇所でラッシュアワーは2ユーロ、日中は1ユーロ(夜間は無料)課金することにした。するとどうだろうか?必要な交通以外は自然といなくなり、突如として交通量は20%も減少した。20%と言うと、そこまで変わっていないような印象を受けるが、これだけ交通量が減ると渋滞はほとんど感じられない程スムーズに流れるようになったのである。そして、7ヶ月後、実験期間終了と共にこの課金制度を撤廃すると、嘘のように車が戻ってきてまた渋滞が発生したのである。
*通行料を課金したその日に交通量が20%も激減し、渋滞は消え去った。(写真提供:ストックホルム交通局 Jonas Eliasson)
ここで一番興味深いのは、この実験を受け、実験開始当初は反対派が70%近くいたのが、実験後には50%以上が賛成派にまわり、住民投票の結果この課金システムは永続的に施行されることになったのである。そして、その後賛成派はその後更に増え続け、結果として70%近くが賛成派となったのである。 つまり、社会実験は何も交通量の実測データを取るだけでなく、人々の心情の変化をも促すことができ、反対派を賛成派にまわすきっかけともなり得るものなのである。
*社会実験開始時にいた70%の反対派が実験後には賛成に転じ、永続施作後、賛成は70%まで伸びた。 (資料提供:ストックホルム交通局 Jonas Eliasson)
* 交通量も社会実験終了後にまた元に戻りかけたが、2007年に課金システムが常設化すると、また実験中の数値に戻り、そのまま一定化した。(資料提供:ストックホルム交通局 Jonas Eliasson)
東京オリンピック・パラリンピック ナイトマラソン@東京G-LINE
では、都心環状線をクルマから解放する東京G-LINEの社会実験はどうすればいいのだろうか?これ程の規模の社会実験を行うにはそれなりの大義名分が必要であるし、社会実験中のメリットも演出する必要がある。今の東京にはそれがある。2020年「東京オリンピック・パラリンピック」である。 マラソンは都心環状線を走らせ、東京G-LINEの疑似体験で来客をおもてなし。
* (左)東京オリンピックナイトマラソン(中)東京G-LINE疑似体験/オリンピック関係車両専用道路(右)東京G-LINEマスタープラン(加工前写真提供:Sandro Bisaro | Flickr)
都心環状線は東京の要所を繋ぐように走っている。つまり、そこをマラソンで走ると、その中継はマラソンのバックに「東京の魅力が俯瞰できるような映像」が世界に配信されるのである。また、日本の真夏の異常な暑さと湿度から、サマータイムを導入することによって、開催時間を早めて対策するという議論がされているが、恐らく今懸念されている日本の暑さは1時間早めるとかいう次元の問題ではなく、ナイトマラソンにするくらいの対策が必要であろう。日没後の涼しい時間、ナイトマラソンにすることによって、選手に走りやすい環境を提供するだけでなく、そのバックに東京の夜景を映し出すこともできるようになる。こんなセットアップは未だ嘗てなく、新しいオリンピック映像を世界へ発信することができ、ナイトマラソンにする意義を説明できる。 この都心環状線の一時封鎖は何もマラソンに限る必要はなく、選手や関係者、物資などの安全かつスムーズな輸送対策として、オリンピック・パラリンピック開催中は関係車両以外進入禁止にするメリットも大きいだろう。また、同時に外回りは関係車両、内回りは観光地として歩行者や自転車に解放し、東京を新しい角度から観られるようにするだけでなく、ポップアップストアや様々なイベント等を誘致して、唯一無二の体験を世界中からくる人々に「おもてなし」することもできる。 「都心環状線で何をするの?」とパッと思い付かないかも知れないが、アイディアの募集を一般に投げかければ、直ぐに面白いアイディアが集まるであろう。例えば、ニューヨークでは、ニューヨーク市が主催で毎年夏にサマーストリートといって、マンハッタンの中心軸を走る主要道路「パークアベニュー」を約11.2kmに渡り人々に解放するイベントが開かれる。その際には単なる歩行者天国にならないように予め様々なイベントを募集し、通りの各所で多様なイベントが体験できるようになっている。その中には巨大ウォータースライダーを金融街のど真ん中に設置し、みんなが水着を来てマンハッタンを滑り倒すというイベントすらあり、毎年多くの人々で賑わっている。
日本で歩行者天国というと、銀座や新宿の歩行者天国が連想されるが、暑い中、ただ単にクルマを止めて自由に歩いて下さい、と言ったところでそのメリットはたかが知れている。そうではなく、このサマーストリートのように「普段街中で想像もできないようなことが都心環状線で経験できます!」というイベントの誘致も含めて開催することにより、人々に特別な体験を提供できるだけでなく、スポンサーも説得しやすくなるであろう。都心環状線を水着で滑降できると聞いたら、是非行ってみたい。 2020年のオリンピック・パラリンピックの開催に向けて気運を高めるために、東京都のアーツカウンシル東京がTokyo Tokyo Festivalというイベントの開催を発表し、参画したい企画を一般募集していたが、例えばそれらが全て都心環状線を一周する間に体験できる、というようなことができれば、より相乗効果が生まれ、多くの人々を巻き込んだイベントにすることが可能であろう。 このように東京オリンピック・パラリンピックを絡めることにより、都心環状線を止めるメリットと費用(スポンサー等)を創出し、オリンピック・パラリンピック期間中の輸送問題を解決、そして同時に社会実験として周辺交通へ与える影響のデータを取集することが可能になる。また、同時にこれらのイベントによって、東京G-LINEの疑似体験も演出することが可能になり、交通データだけでなく、世論としての意識調査も可能になる。そして、それと同時に東京G-LINEのマスタープランを発表し、その実現に向けた社会実験でもあるということを世界に発信すれば、「東京は本気で変わる気だ」という認識が広まり、投資も含めた東京への注目が改めて集まるであろう。
オリンピックのレガシーとは?
オリンピックはレガシーが大事というが、レガシーとは何であろうか?国際オリンピック委員会(IOC)の示すオリンピック憲章によると、「オリンピック競技大会のよい遺産(レガシー)を、開催都市ならびに開催国に残すことを推進する。レガシーとは長期にわたる特にポジティブな影響であり、各種の施設やインフラの整備、スポーツ振興等を通じて、スポーツ、社会、環境、都市、経済の5分野において持続的な効果をもたらすものである。」とされている。つまり、レガシーとはオリンピック後も使えるスタジアムを造ることだけではなく、オリンピックを開催することをきっかけにスポーツに限らない後世に必要なインフラを造ることである。一番分かり易い事例は1964年の東京オリンピックであろう。 1964年の東京オリンピックでは、日本は不可能を可能とし、世界へ日本の本気を知らしめた。それはお祭り事ではなく、その後の日本の発展を支える基盤づくりであった。 1964年の東京オリンピックでは、日本中がオリンピック開催を喜び、これを日本がもう一度世界に返り咲くチャンスと捉えていた。そのため、世界中を驚かせる技術とスピードで、高速道路や新幹線、東京モノレールなどを開通させたのである。高速道路が高密度な都市の中をすり抜けていく様は未来都市と言われ、それを僅か数年で成し遂げた日本の覚悟と土木技術の高さは世界中で注目された。つまり、東京オリンピックを滞りなく開催することは元より、それに合わせてその後日本の高度経済成長の基盤を「レガシー」として造り上げたのである。
つまり、「レガシー」とはそれ程のものであり、逆にそれ程のものでなければオリンピックを開催する負担と比べて吊り合わないのではないだろうか? 奇しくも1964年のオリンピックのレガシーとして造られたのが、都心環状線である。その都心環状線を今度は、2020年のオリンピックのレガシーとして、21世紀の時代に合わせて用途転換され、新しく覚醒する。それが「東京G-LINE」である。 東京オリンピック2020のレガシー・東京G-LINE 近年東京オリンピック開催に対して、ただ予算だけが莫大に膨れ上がっているニュースばかりが取りざたされ、その開催を通じて、その後の東京そして日本がどのように好転するのか、というビジョンを誰も明確に示さないため、様々な反対意見がばかりが助長されてしまっている。東京G-LINEを一例として、こういった明確な未来へ向けた価値の創造、「レガシー」をビジョンとして明示することが今の東京には必要である。東京G-LINEはこの都心環状線だけに留まらず、その哲学の成功を基にすれば、様々な地方都市においても今後の街づくりの道筋を示すことができるであろう。
世界中が高齢化社会へ向けた変化に直面しつつも都市の構造自体を変えきれていない。日本が先陣を切って実行し世界に成功体験を証明できれば、日本が世界の先例となる。 日本は先進国で最初の高齢化社会に直面しており、そのことにどう対処するか世界中が注目している。その解決の一つに、既存の都市をどう時代に合わせてアップデートし、無駄なくコンパクトに生活し、かつ、そのクオリティーも最上級にできるか、ということがある。「東京G-LINE」にはその問題解決へのポテンシャルがあり、今正にその社会実験を行うきっかけとなる東京オリンピック・パラリンピックが開催されようとしている。社会実験を行い、どうしても問題が生じれば元に戻せばいい。それだけのことである。今ほど条件の揃っているタイミングはない。単に難しいと否定するのではなく、今こそ、このくらいの覚悟を決めなければ日本はこのまま、ゆっくりと沈んでいくだけではないだろうか。難しい覚悟ではあるが、「ポジティブな覚悟」からはあらゆる創造性が生まれる。 「どうしてできないか」ではなく、「どうすればできるか」を考える建設的な議論を巻き起こす起爆剤として、このブログが一助となればこの上なく嬉しく思う。そして「わくわくする未来」を皆様と一緒に創造していけることを楽しみにしている。
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